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大津地方裁判所 昭和41年(ワ)70号 判決

原告

西出まさ子

ほか一名

被告

福山通運株式会社

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一、原告らの申立

被告は原告西出勝に対し、金三二四万八六五一円、原告西出まさ子に対し金一六二万四三二六円およびこれらに対する昭和四一年三月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言を求める。(原告の昭和四二年一一月二〇日付請求の趣旨減縮の申立書中請求の趣旨減縮第一項に原告西出まさ子とあるは原告西出勝の、原告西出勝とあるは原告西出まさ子のいずれも誤記と認める。

二、被告の申立

主文同旨の判決を求める。

三、請求の原因

(一)  訴外西出勝美は軽四輪自動車(スズライト一九六三年式)を運転し、昭和四一年三月二九日午前九時一五分ごろ、滋賀県甲賀郡土山町大字大野若王寺地先の見透しよき直線コースの国道一号線を西進し交通整理の行なわれていない交差点において旧東海道に右折するため道路中央線内で一旦停止し、対向東進して来る訴外宮脇弘司運転の被告会社所有の大型貨物自動車(広一い六三五三号)の通過を待つていたところ、西進してきた訴外白石利充運転の訴外丸運株式会社所有の大型貨物自動車(品一い五八四一号)に追突されて右前方に突出され前記東進してくる被告会社の大型貨物自動車に激突し前記軽四輪車は前部を大破し、訴外西出勝美は頭蓋開放性粉砕骨折、頸椎骨折などの傷害により即死するに至つたものである。

(二)  原告西出まさ子は訴外亡西出勝美の妻であり、原告西出勝は同人の子である。

(三)  被告会社は訴外宮脇弘司運転の大型貨物自動車(広一い六三五三号)を保有し、同訴外人は被告会社のため右自動車を運行中本件事故を生ぜしめたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により原告らのこうむつた損害を賠償する義務がある。

(四)  原告らのこうむつた損害

(1)  財産的損害

(イ) 車の破損による損害

訴外亡西出勝美運転の軽四輪自動車は同人が昭和四一年三月一四日上野自動車商会から中古品を金七万四、六四〇円で購入し、乗車半月にして本件事故が発生し、大破修理不能となつたもので、その使用期間からみて、減価償却などは考慮の必要なく右購入額全額の損害をこうむつたものであるから被告において同額の損害を賠償すべき義務がある。

(ロ) 得べかりし利益の喪失による損害

訴外亡西出勝美は死亡当時二八才で昭和三九年簡易生命表によれば平均余命四二、九四才でなお三五年は就労可能であつたところ、同人の年間総収入は昭和四〇年度において金四三万九四二一円で、右のうち控除すべき生活費は月金九、八四四円(第一五回日本統計年鑑による大津市における全世帯平均一ケ月間の消費支出は金四万二六二五円でこれを世帯人員四、三三人で除すると、一人あたり金九、八四四円となる)であるから、これを控除し、ホフマン方式の単利年金現価表係数一九、九一七四五一一〇を乗ずると、金六二九万八三三七円となるから、原告各自の相続分に応じて分けると、原告西出まさ子は金二一二万四三二六円、原告西出勝は金四二四万八六五一円となり被告において右各損害を賠償すべき義務がある。

(2)  精神的損害

訴外亡西出勝美は夫、父として原告両名の生計のすべてを支えていたものでその死亡により原告両名は収入の一切を失つたものである。原告西出まさ子は婚姻後僅か二年にして夫を失い、生後一年余の乳児である原告西出勝を女手一つでかかえて長い生涯を生きて行かなければならない。訴外亡西出勝美は昭和三二年三月瀬田工業高等学校を卒業して株式会社大宝製作所に勤務し、同社日野営業所長代理として将来を嘱望され、婚姻後二年余長男も出生して漸く生活も安定し幸福な家庭を得られた矢先の事故で死亡しその精神的苦痛は筆舌に尽し難いものがある。

原告両名は以上のような精神的損害をこうむつたもので、その金額は原告西出まさ子金二〇〇万円、同勝金一〇〇万円が相当であると解するから被告において同額の損害を賠償すべき義務がある。

(五)  以上原告らのこうむつた損害は合計金九三七万二、九七七円であるが、訴外株式会社丸運から右の中金四五〇万円の支払につき当裁判所で和解が成立したのでこれを控除した金四八七万二、九七七円の支払を求め、右の中原告西出まさ子に対しては法定相続分の三分の一である金一六二万四、三二六円、同西出勝に対しては三分の二である金三二四万八六五一円の支払義務がある。

(原告の昭和四二年一一月二〇日付請求の趣旨減縮の申立書中請求の原因末尾に原告西出まさ子とあるは原告西出勝の、原告勝とあるはまさ子のいずれも誤記と認める。)

四、抗弁に対する認否ならびに答弁

(一)  被告主張の抗弁事実は否認する。

(二)  本件事故は訴外宮脇弘司の過失によつて生じたものである。

即ち同訴外人は交差点において右折の合図をして一旦停車している自動車がその後続車に追突せられ右前方に飛出し対向車と衝突する事故は屡々あるので、前方の自動車の動向については充分注意し徐行などの措置をとりかかる危険を未然に防止すべき注意義務がある。しかるに同訴外人は大型貨物自動車を運転していたが、大型貨物自動車の制限速度は毎時五〇粁と定められているのに漫然これを超える時速五五粁の高速で東進し、訴外亡西出勝美の運転西進する軽四輪自動車が右折のため徐行して交差点に入るのを西側交差点手前二七乃至三六米の地点で発見し得べきであつたにも拘わらず西側交差点手前五米に至つて発見したもので、これは明らかに前方注視を怠つた過失によるものであり、かりに同訴外人が鋼材を積んだ先行トラツクの後方一〇乃至一五米をこれに追従していたため交差点直前五米に至るまで訴外亡西出勝美の軽四輪車を発見できなかつたものとすれば、前車によつて前方交差点の見とおしは妨げられているのであるから直ちに減速徐行して間隔を十分に保ち進行すべき注意義務がある。訴外宮脇弘司において以上の注意義務を尽しておれば、訴外亡西出勝美の軽四輪車は訴外株式会社丸運の大型貨物自動車の追突により旧東海道の方に突き飛ばされただけで同人の死亡という大事故に至らなかつたものである。

(三)  以上のとおり被告会社の運転者宮脇弘司には制限速度を超過した違法があり、しかも交差点における安全を確認できない追従不適当及び交差点における徐行義務違反の過失があり、右違反並びに過失が訴外白石利充の過失と競合して本件事故が発生したものである。

五、被告の請求の原因に対する答弁並びに抗弁

(一)  請求の原因(一)(二)は認める。同(三)の事実中被告会社が訴外宮脇弘司運転の大型貨物自動車(広一い六三五三号)を保有することは認めるがその余は争う。同(四)は争う。

(二)  訴外宮脇弘司は当時被告会社の前記大型貨物自動車を運転し東進中本件事故場所において訴外亡西出勝美の軽四輪車が右折の方向指示器を示して停車していることを認め、いつでも停止できるようブレーキに足をかけ進行中、突然訴外亡西出の軽四輪車がセンターラインを超えて飛び出し被告会社の大型貨物自動車の右ドアとヘツドライトの間に激突し、被告会社の大型貨物自動車は前部だけ左の田圃に落ち破損し、訴外亡西出勝美は即死した。

右は訴外白石利充の運転する訴外株式会社丸運の大型貨物自動車が停車中の訴外亡西出の軽四輪車に追突し、その反動で訴外亡西出の軽四輪車が被告会社の大型貨物自動車にセンターラインを超え一瞬のうちに激突して来たものであつて訴外宮脇には何ら過失はない。

さらに、被告会社の本件大型貨物自動車(広一い六三五三号)には構造上の欠陥または機能の障害はなかつたものである。

六、証拠の提出認否 〔略〕

理由

一、訴外西出勝美が軽四輪自動車(スズライト一九六三年式)を運転し昭和四一年三月二九日午前九時一五分ごろ、滋賀県甲賀郡土山町大字大野若王寺地先の見透しよき直線コースの国道一号線を西進し、交通整理の行なわれていない交差点において旧東海道に右折のため道路中央線内で一旦停止し、対向東進してくる被告会社の大型貨物自動車(広一い六三五三号)の通過を待つていたところ西進してきた訴外株式会社丸運の大型貨物自動車に追突されて右前方に突き出され東進中の被告会社の前記大型貨物自動車に激突し軽四輪車は大破し、亡西出勝美は頭蓋開放性粉砕骨折、頸椎骨折等にて即死するに至つたこと、被告会社は前記大型貨物自動車を保有し訴外宮脇弘司がこれを運転中本件事故を惹起したものであること、原告らが訴外亡西出勝美の妻子であることは当事者間に争いがない。

二、被告会社は訴外宮脇弘司には何ら過失がなく訴外株式会社丸運所有の大型貨物自動車の運転者である訴外白石利充の過失によつて本件事故が発生したものであると主張するので判断する。

〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は見透しよき直線コースの国道一号線上の交通整理の行なわれていない交差点であつて(この点当事者間に争いがない。)東西に通ずる幅員七、五米東に向い緩やかな上り勾配を為し平坦な交通量多き右国道と南北に通ずる幅員五米の閑散な町道(旧東海道と略称する)とが斜に交差する変形交差点であつて、同所付近の右国道は田圃を貫通し沿道には殆んど人家なく自動車殊に大型貨物自動車の往来頻繁でその各車はいずれも相当高速で通過していること、訴外白石利充は株式会社丸運の大型貨物自動車を運転して右国道を時速約六〇粁で西進し前方に訴外亡西出勝美の運転する軽四輪車を認めつつ約三〇米の車間距離を保つて追従し本件交差点にさしかかつたところ、進行方向に向つて左側の交差点直前の民家の前に二、三人の歩行者が立話をしているのを見たので何気なくその側方通過の際バツクミラーで左後方を脇見して、再び前方に眼を戻すと前方約一〇米の交差点中央線寄りに平行して乙第三号証添付図面〈3〉の位置に亡西出運転の先行軽四輪車が右折するため停車しているのを発見したので、急いでブレーキを踏みハンドルを左に切つたが間に合わず自車右前部を右軽四輪車後部に追突させ、その衝撃で軽四輪車を中央線を超えて道路右側に飛び出させ、その瞬間対向してきた訴外宮脇弘司の運転する被告会社の大型貨物自動車に激突させたこと、一方訴外宮脇は被告会社所有の大型貨物自動車(広一い六三五三号)を運転して、国道一号線の中央線左側の自己進行路線内を東進し時速約五五粁で前車の大型貨物自動車の後方約一五米の距離を保つて追従し本件交差点手前五〇米附近の十字路標識にさしかかつたときアクセルを外し交差点左右の安全を確認し再びアクセルを踏んで直進を続け、交差点手前約五米にきたとき前方反対路線を中央線寄りに対向徐行して交差点に入らんとする亡西出運転の軽四輪車を認めたので再びアクセルを外しブレーキは踏まずこれに足を乗せ進行したところ、右軽四輪車は交差点内の中央線寄りに平行して右折の方向指示をしながら停止し対向車の通過を待つ態勢をとつたことが認められたので、右宮脇はそのまま直進し本件交差点を通過しようとした瞬間前記停車した軽四輪車が高速で追従してきた訴外白石運転の大型貨物自動車に追突されて突然物凄い勢いで中央線を超えて進路前面に飛び出してきたため咄嗟に急ブレーキを強く踏んだが間に合わず、自車右前部と軽四輪車前部が乙第三号証添付図面〈×〉2において激突し、軽四輪車を突き飛ばし自車は左右前輪の路肩よりはずして傾斜した状態で停止したこと、訴外白石運転の大型貨物自動車が亡西出運転の軽四輪車に追突したのと右軽四輪車が訴外宮脇運転の大型貨物自動車に衝突したのとは殆んど同時であつて右宮脇としては衝突を避けることが不可能であつたことが認められ、右認定に反する証人宮脇弘司の証言(第二回)の一部は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の事実から考察すると、本件事故は時速六〇粁という高速度で追従して本件交差点近くに差しかかつた訴外白石利充が脇見運転をしたために先行の亡西出運転の軽四輪車の動静に気づかず、僅か一〇米に接近したとき始めて右軽四輪車が右折のため進路前方の交差点中央線寄りに停止しているのを発見したという重大な過失によつて生じたことが明らかであつて、訴外宮脇弘司において国道一号線上の本件交差点の道路及び交通状況にかんがみ同訴外人が交差点に入る前の段階で左右の安全を確認し自己進行路線内を直進し交差点を通過せんとした以上、交差点内中央線寄りに停止している対向車がその後方から進行してくる車に追突せられ中央線を超え自車進路の前面に飛び出してくることまで予見することは甚だ困難であるといわねばならない。このようなことまで予見するということは高速度交通機関の発達した現在の交通事情においては運転者に期待することは無理という外なく、したがつて、右の予見に基づき減速、徐行すべき義務ありとは認め難い。

原告は訴外宮脇弘司運転の大型貨物自動車の前方に大型貨物自動車が同方向に進行していたため前方注視が妨げられているから徐行して車間距離を十分に保てば亡西出運転の軽四輪車を早く発見でき事故が訴外白石利充の追突にとどまり亡西出を死亡させるという結果は生じなかつたというが、前記認定の訴外宮脇が前車との間に保つた車間距離一五米は本件道路その他の状況よりみて必ずしも不十分とは認め難いのみでなく、訴外白石運転の大型貨物自動車による軽四輪車への追突と同軽四輪車の訴外宮脇運転の大型貨物自動車に対する衝突とは殆んど同時で時間的余裕のなかつた本件においては、たとえ徐行して前車との車間距離を十分保つていたとしても本件事故が発生したことは優に認められるので右主張は採用し難い。また訴外宮脇は法定速度を約五粁超過して本件交差点にさしかかつたことは前記認定のとおりであるが、かかる道路交通法違反の事実も以上のことから判断すると本件事故における注意義務違背と解することはできず、さらに同訴外人は本件交差点にさしかかつた際に対向の軽四輪車が右折のために中央線寄りに徐行し来り間もなく同線寄りにほゞ平行して停止したことはさきに認定したところであるが、そうすると軽四輪車は道路交通法第三七条第二項の既に右折している車両とみることはできず、したがつて訴外宮脇はこれに進路を譲る義務もないといわねばならない。

以上のとおり本件事故は訴外白石利充の脇見運転に基づく重大な過失によつて生じたもので、宮脇弘司は本件大型貨物自動車の運行に関し注意を怠らなかつたことが明らかである。

三、次に〔証拠略〕を総合すれば、宮脇弘司運転の本件大型貨物自動車には何ら構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことが認められる。これに反する証拠はない。

そうすれば、原告らの本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないこととなるので請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畑健次 畠山芳治 首藤武兵)

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